第三の案 Part1

みなさん、こんにちは。

医療法人 幸美会 なかむら歯科クリニック

非常勤歯科医師・口腔外科認定医の山本です。

 

日常生活や仕事、プライベートにおいて、

 

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売値の値引き

 

を決めることがあると思います。

これらに共通する事項は何だと思いますか?

 

 

 

そうです。

 

 

 

“交渉”です。

 

みなさんはプライベートやお仕事で“交渉”ってやりますか?

“交渉”するのは得意でしょうか?

 

僕はあまり得意とはいえません。むしろ苦手のほうかも(^^;)

ですから、治療においても、交渉が必要な場合は、

トリートメント・コーディネーターの方々へお任せしております。

 

こちらの“立場”が上の時は、つい上から目線で話をしてしまい、

相手に無理を言ってしまうのが嫌で、あまり強く言えませんし、

 

こちらの“立場”が下の時は、相手の機嫌を損ねて破談になることを

恐れて、相手からの無理をきいたり、不利な条件を突き付けられやすいから。

 

“駆け引き”もあまり上手ではありません。

そんな方は僕だけじゃないはず。

 

では、“交渉”する上で、必要なこと、大切なポイントとは

何でしょうか?

 

今回は僕自身も、一緒に勉強したいと思います。

 

 

 

1912(明治45)年、

アメリカの大統領選は佳境を迎えていました。

現職の大統領はウィリアム・ハワード・タフトさん。

前大統領だったセオドア・ルーズベルトさんは、

タフトさんの政策に我慢できず、大統領への復帰を決意しました。

当然、選挙戦は厳しいものが予想され、

ルーズベルトさんも選挙対策に余念がありません。

 

選挙用に配るビラは300万枚。

演説文とルーズベルトさんの写真を添えた立派なビラ。

一番の広報ツールですから多額の費用をかけました。

 

ところが、、、

 

「あっ、しまった・・・」

刷り上がったビラを見て、選挙対策責任者は思わず声を

漏らしました。

「許可取り忘れた…」

選挙準備で忙しかったため、

ビラに使用した写真の使用許可を、写真家からとっていなかった

のです。

 

当時の著作権法では、写真家が1枚につき最大1ドルの使用料を

請求できる権利があるとされていました。

 

最大額の1ドルで請求された場合、ビラ300万枚=300万ドル。

1912年当時の300万ドルは、現在の価値に直すと6000万ドル強に

相当。

1ドル100円として日本円に直すと60億円。

 

「無理、無理…」

仮に半分の50セント(0.5ドル)、

1/3の30セント(0.3ドル)だとしても、とても払える額では

ありません。

 

ビラの刷り直しも考えましたが、

再印刷の費用も相当の額になる上、

さらに選挙戦の時期的に間に合わなくなります。

 

「困った…」

 

選挙対策責任者に残された選択肢は、

写真家と交渉して、

できるだけ有利な取り引きに持ち込むしかありません。

 

さて、あなたなら、どのように写真家と交渉しますか?

 

ちょっと考えてみましょう。

 

おそらく大多数の方が思い浮かぶのは、

「できるだけ低い著作権料を提示して、

写真家の希望額との中間ぐらいで抑える。」

では、ないでしょうか?

 

これは“妥協案”というものです。

 

“妥協”はお互いが【納得】するものの、【喜び】はしません。

 

では、お互いが【喜ぶ】解決策は何でしょうか?

 

それは《第三の案》です。

 

今回の場合、どのような《第三の案》だったのでしょうか?

 

その答えはまた、次回に。。。

 

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福山市 なかむら歯科クリニック

口腔外科認定医 山本 一博 拝

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